事例レポート

株式会社リコー Epic Games Japan

リアルよりも便利に働ける世界を目指すVR空間が導く新たなコミュニケーション

株式会社リコー
TRIBUS推進室 RxRチームリーダー 前鼻 毅 氏

大手精密機器メーカーの1社であるリコーが、建設業界向けにVRソリューションを開発している。現在、すでに大手ゼネコンの数社が試験導入を開始し、実現場での活用も始まっている。
「RICOH Virtual Workplace」は、オフィスや建設現場などの任意の空間をVR上に構築し、各自がヘッドマウントディスプレイを使って、その空間に一堂に会することができるVRソリューションだ。BIMデータなどを取り込んでVR空間に再現し、物理的に離れた場所にいる人たちが、バーチャルワークプレイス上で自然で自由なコミュニケーションを取ることが可能となる。
そして、同ソリューションは、Epic Gamesのゲームエンジン「Unreal Engine」で開発されており、質の高いビジュアルを実現。今後、建設業界の幅広い分野での利活用が期待される。
今回、RICOH Virtual Workplaceの開発経緯や特長などについて、TRIBUS推進室 RxRチームリーダーの前鼻毅氏にお話を伺った。

バーチャルリアリティーに人生をかけ、Unreal Engineを用いた開発へ

RICOH Virtual Workplace(以下、VWP)は、リコーが新規事業の創出に向けた取り組みとして、社内外の起業家などの成長を支援し事業共創を目指すプログラムから生まれた、VRソリューションだ。このプログラムを活用することでVWPの事業化を目指しているのが、開発も手掛けた前鼻毅氏である。
もともと前鼻氏は、全天球カメラ「RICOH THETA」のiOSアプリの開発リーダーを務めていた。そんな前鼻氏だが、きっかけは「2013年頃、当時私が開発に携わっていたRICOH THETAの撮影画像をOculus DK1で見るという体験をしました。そこでバーチャルリアリティーに可能性を感じ、取り組みを始めました。まずは個人でVRコンテンツの開発にトライし始めました」と語る。

VWPは、Epic Gamesのゲームエンジン「Unreal Engine」で開発されているが、前鼻氏は当初は別のゲームエンジンを使用していたという。「ある日、Unreal Engineで制作されたVRのデモを見る機会がありました。そこで、ビジュアル面を含めた体験のクオリティの高さに衝撃を受けました。それからUnreal Engineのコミュニティとも関わりながら勉強を始めました。Unreal Engineは必要な機能が高い質で揃っており、ブループリントというビジュアルプログラミングのツールなども用意されており、取り組みやすい環境が整っている点もよかったです」。
その後、前鼻氏はUnreal Engineで、いくつかのVRコンテンツを開発。そのうち会社の業務としても、VR関連の業務を担当するようになり、メーカーのブランド促進や危険体感用のVRコンテンツなど実績を積み重ねていった。その中で「あるお客様にVRを納品したときに、感動して涙を流していただいたことがありました。その時に、人の心を動かし、喜んでもらえる素晴らしいテクノロジーだというのを改めて感じたのです」。
前鼻氏は、このような経験からユーザーのはたらく歓びを高める場をVRで作成し、リアルよりも便利に楽しく働ける世界を提供したいという想いを強く持つようになり、2019年に前述のプログラム“TRIBUS”に応募を決意。VWPの試作版は、なんと100件以上の応募があった中から厳しい審査を通過した5件の中に選ばれるに至ったのだ。
「個人で時間やお金を使い、それから仕事になり、事業化に挑戦している。バーチャルリアリティーという可能性溢れるテクノロジーに、人生をかけて取り組んでいます」。

株式会社リコー
TRIBUS推進室 RxRチームリーダー 前鼻 毅 氏
RICOH Virtual Workplaceが導く新たなコミュニケーション

気になるVWPの機能だが、前鼻氏は「VWPとは、PCとVR機器を使用することで、同じバーチャル空間上でメンバーがそこにいるかのように一緒に働ける場です」と説明する。実際に概要動画を見せてもらうと、付箋が貼られたホワイトボードや、資料が表示された画面が浮かんでおり、まさに“オフィス空間”がバーチャルに再現されている。
ユーザーは、現実には遠く離れた場所にいても、同じVR空間にヘッドマウントディスプレイで入り込み、会議などを円滑に行える。「レーザーポインターで、VR空間の資料を指しながら説明したり、資料を直感的な操作で共有できます。音声で文字入力などもできて、コミュニケーションに特化した機能を実装しています。また、空間自体の保存・復元も可能です。前回の続きから議論を始めることも、保存したデータを人に渡すといったことも行えます」と語り、現在10人が同時にVWPに入ることができるという。

RICOH Virtual Workplaceのデモ画面

そして、「建設分野にフォーカスすると、BIMデータを読み込むことで、実際の3Dモデルの中にも入っていけます」と前鼻氏。「わかりやすいものだと、オフィスの壁紙検討では、すぐに目の前で変更が行えるため、スムーズな意思決定に役立ちます。また、例えば25分の1スケールのモックアップを用意して、それを水平面や垂直面で切断し、平面図とか立面図のような形で確認することも可能です。施工の干渉チェックや現場の視認性改善のほか、距離や長さの測定もできるので、実際のスケール感も複数人で把握できます」。このように、プレゼンテーションはもちろんのこと、BIMや点群データなどを使って、着工前の現地確認や施工の進捗管理、さらに維持管理までに活用が可能。各工程において、多くの関係者間での情報共有がスムーズに図れるという。
また前鼻氏は「Unreal Engineで開発しているため、データ連携にも強いという特長があります。Unreal EngineのDatasmithのおかげで、代表的なBIMソフトなど20種類以上のファイル形式に対応しています」。さらに「これまでのノウハウを活かしてVR酔いを防ぐよう開発しているので、VRで乗り物酔いのような経験をした人にも安心してご使用いただけます」と語り、建設業界の若手からベテランまで気軽に使えるように、細かい配慮がされているという。

東急建設の3次元モデルを元に構築したVR空間
大手ゼネコンの事例からみる活用例と今後に向けて

実際に建設業界での事例としては、東急建設が主として請け負った“東京メトロ銀座線渋谷駅線路切替工事プロジェクト”で2020年の事例がある。同プロジェクトでは、VWPを活用し、渋谷駅の中の構造物をプロジェクト関係者間で共有。施工での情報共有・合意形成を迅速化する取り組みが行われた。

RICOH Virtual Workplaceにより同じVR空間に複数が参加可能

「構内の出来上がりや鉄骨の足場、工事の進捗を確認するために使用されました。工事関係者のほか、発注者である東京メトロ様なども含めて、多くの人に情報共有で使用していただいたと思います」と前鼻氏。ちょうどコロナ禍に入った時期で、非接触・リモート型の働き方への転換が求められており、有効に活用されたという。
さらに、活用は民間だけでなく、“国土交通省北陸地方整備局発注の大河津分水路新第二床固改築I期工事”でも活用された。これは今年6月頃、北陸地方整備局の信濃川河川事務所、鹿島JV事務所、鹿島本社の離れた3拠点から関係者がVWPに入り、BIM/CIMモデルや点群データ、現場カメラのライブ配信映像をVR空間内で共有したというものだ。いわゆるi-Constructionで、遠隔臨場の事例である。

VR空間内で「BIM/CIMモデル」と「現場ライブ映像」を同時に見ながら施工状況・進捗を確認

「ここでは3Dスキャナで点群にした川底のデータをVWPに取り込んで、川の中のVR空間を作成し、岩盤の検査結果などを確認いただきました」。もちろん川の中だけでなく、クレーンなどの建機や橋梁など河川の周辺状況もVR化された。前鼻氏が見せてくれたバーチャル空間上には、3Dモデルだけではなく、RICOH THETAで撮影した360度画像や現場のライブカメラも表示可能で、複数の視点で現場を確認できる。
そして前鼻氏は「今後も、より多くのユーザーさんからフィードバックをいただき、正式リリースに向けて進めたいと思っています。リアルで会いにくい状況の今だからこそ、今後はアバターの部分も強化するなど、よりコミュニケーションしやすいものにしていきたい」と前向きだ。
「VR自体は、まだまだ使うハードルが高いと感じる人は多いですが、ハードウェアのハードルは年々下がっていきます。その進化と併せてソフトウェアが発揮する価値を高めていきます。そのために、現場の方と一緒に、本当に使えるVRソリューションに磨きこんでいきたい。建設業界の方でVWPを使ってみたいという方がいらっしゃれば、ぜひ一緒に仕事をしましょう」。VRに人生を掛けているという前鼻氏の挑戦は今後も続く。

CORPORATE PROFILE

会社名 株式会社リコー
設立 1936年
事業内容 デジタルサービス、デジタルプロダクツ、グラフィックコミュニケーションズなど
本社 東京都大田区
代表者 代表取締役 山下 良則