パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン
ゲーム業界のノウハウとUnity独自のコミュニティが支えた、リアルタイム照明シミュレーションソフトの開発
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社
ライティング事業部 エンジニアリングセンター 主幹 高島 深志 氏
これまで効率的な作業が難しかったBIMモデルを使用した照明設計について、飛躍的に表現や使い勝手を進化させたパナソニック エレクトリックワークス社開発のBIM用リアルタイム照明シミュレーションソフト「Lightning Flow®(ライトニングフロー)」。このソフトは、ゲームエンジンのUnityをプラットフォームに開発されている。
ライトニングフローの特長と、ソフト開発にあたっての課題を乗り越えるためにUnityがどのように役立ったのか、パナソニック エレクトリックワークス社のライトニングフロー開発責任者 高島深志氏に話を聞いた。
圧倒的な効率化を達成するためにUnityを選択
パナソニック エレクトリックワークス社の高島氏は、2013年から照明シミュレーションを軸とした高速グラフィックエンジン開発を担当してきた。高島氏はその背景を「BIMが新たな設計手法として建設業界で活用される中、BIMソフトで効率的に照明のシミュレーションをできないかという要望が高まっていました」と語る。しかし、BIMモデルを使用して照明設計を行う際に、2つの大きな課題があったという。1つ目は、照明計算時間が非常に掛かること。元々照明シミュレーションは、光の色や強さ、光が当たる物体の反射特性を考慮しながら、光の飛び方を再現する必要があり、シミュレーションに時間が掛かる。大規模なプロジェクトではBIMモデルのデータ量が膨らみ、計算面や照明器具の灯数も多くなるため、さらに計算時間が掛かってしまう。
2つ目の課題は、BIMデータの互換性であった。BIMソフトから照明シミュレーションソフト側にデータを書き出すと、データ互換性の問題から、照明器具の配光や特性など、重要なパラメータが失われてしまう。そのため、シミュレーションソフト側で照明器具を再配置する必要があった(図2.1 (1))。次に照明計算を行うが、必要照度に足りなければ灯数などを変更し、時間の掛かる照明計算を繰り返す(図2.1 (2))。照明設計が完了し照明データをBIMモデルに戻す場合、データ互換性の問題からBIMソフト上で再配置する必要があり(図2.1 (3))、大変な手間とコストが掛かる状況があった。
これらの課題を解決するために、高島氏はBIM用リアルタイム照明シミュレーションソフト「Lightning Flow®(ライトニングフロー)」を開発。このソフトでは、照明器具や太陽の光の影響を3Dデータ上で瞬時に反映し、確認・調整が可能という特長をもつ(図2.2 (2))。また、BIMソフトのRevitと連携し、ボタンのワンクリックだけで書き出して照明計算でき、変更した器具は互換性をもってBIMモデルに反映される(図2.2 (1))。手戻りがなく、大幅に効率的な照明設計を実現し、手軽に光環境が確認できるようになったのである。
ライトニングフローはゲーム業界のノウハウである「ボクセル」と呼ばれるボックス状の単位でレイトレーシングをするアルゴリズムを独自拡張し、照明計算の高速化と精度を両立させた。「計算精度は、CIE(国際照明委員会)が定義する照度計算ソフトウェアの計算精度の評価基準「CIE171:2006」に準拠し、実運用上問題のない精度を実現しています」と高島氏は語る。そして高島氏は「照明ツールの開発にあたって、誰もが理解し易い3Dをベースにしたいという思いが強くありました。開発を開始した2013年時点で3Dツールがいくつかある中で、最も簡単に3D表示できるのがUnityでした。ゲームエンジンであるUnityはスクリプトでカスタマイズしやすく、これならば独自の照明計算エンジンを実装できるのではと考え、活用することに決めました」と振り返る。
BIMモデルと照明計画のスムーズな連携を実現
ライトニングフローはRevitの建築データと照明データをRevit上でワンクリックするだけで、確認できる。照明や昼光の照度などを瞬時計算し確認できるほか、パナソニック社製の約2万種の照明器具がRevitのファミリデータ及びライトニングフローの照明データとして利用できる。また平面図上で照明器具を効率的に配置できる同社開発の照明設計ソフトウェア「ルミナスプランナー」との相互連携を可能としており、RevitのBIMモデルに照明器具を一括配置できる。これらパナソニック社製の照明設計用ソフトウェアは無償で提供されており、BIM上で誰もが手軽に光環境を確認するワークフローを実現している。なお、ライトニングフローはFBXデータを読み込めるため、Archicad等でも使用可能だ。
「これまでのツールでは計算時間が掛かるため、照明設計の試行を重ねることはハードルが高いことでした。ライトニングフローは光環境を変更してもすぐに空間への光の効果を確認できるため、光環境を迅速に突き詰めることが可能です。また、Revitから持ち込んだデータは質感の変更など、様々な編集ができ、変更した照明器具のデータを、Revitに戻すことも簡単です」と高島氏。照明器具に変更を加えてもリアルタイムで計算結果が返ってくることで、建築空間の打ち合わせ中にも光環境の変更と確認ができ、関係者間の合意形成を図りながら、進められるのはライトニングフローならではの特長である。
さらには、3Dデータ内を移動しながら完成イメージを確認したり、その様子をウォークスルーの動画にできる。クライアントへのプレゼンテーションや合意形成のツールとしても、利用価値は高い(図2.2 (3))。
ライトニングフローは、BIMを積極的に活用されているお客様に試用していただきながら発展させてきた。高島氏は「ご活用いただいている長谷工コーポレーション様の事例では、開放廊下が駐車場に面している共同住宅に関し、例えば、廊下の明かりが駐車場をどの程度照らすかといった、部位毎の確認ではこれまで見逃しがちだったトータルでの明るさ検討を、簡単に行うことができるようになりました。また、すべてが写実的な表現で行えるため、事業主へのプレゼンテーションにもご活用される予定です」と語る。
アセットストアの活用で合理化と省力化を達成
ライトニングフローは5月のアップデート版が提供されて以来、全国で200社以上にダウンロードされている。照明設計事務所をはじめ、建築設計事務所やインテリアデザイン事務所、ゼネコンなど幅広い企業に使われているという。
ソフト開発を始めた2013年頃は、Unityのユーザーはゲームやグラフィックの関係者が多く、産業界でのユーザーはほとんどいなかったという。なおかつ、高島氏はグラフィック分野の知識と開発経験は一切なかった。それでも高島氏がライトニングフローを開発できたのは「Unityの強力なコミュニティのお陰です。学習環境が充実しており、課題があっても、情報共有がされているコミュニティで解決のヒントが得られたのは大きな支えとなりました」と語る。
また、Unityではプログラムや3Dデータをダウンロードできる販売サイト「アセットストア」が充実している。「アセットストアでは高機能なプログラムが驚くほどの低価格で販売されています。照明計算に関わりの薄い機能はストアのプログラムを積極的に活用することで、高速照明計算の開発に注力できました」と高島氏。開発にあたって、すべてをゼロから用意する必要がなく、時間と労力、コストを省力化できたのは、Unity独自の環境があってこそといえる。
Unityの強力なエンジンとコミュニティに支えられたライトニングフローを通じて、BIMで照明のシミュレーションを高速に行うことができるようになったいま、高島氏は次のように期待を寄せる。「Unityの恩恵を受けながらライトニングフローは機能アップデートを続けていきます。今後ともライトニングフローを多くの方にご活用いただき、より手軽に光環境を確認できるような世界に変革することで、照明設計者の人口拡大や、いままでにない素敵な光空間が次々と生み出される世界となることを期待し、照明市場の更なる活性化に貢献していきます」。
CORPORATE PROFILE
会社名 | パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 |
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設立 | 2021年10月1日 |
事業内容 | ライティング事業、エナジーシステム事業、スマートエネルギーシステム事業 ほか |
所在地 | 大阪府門真市大字門真1048番地 |
代表者 | 社長 大瀧 清 |